この物語は僕の体験を元にしたフィクションです。

 過去の『君』に対して四十代の『僕』が語り掛ける形で進んでいきます。

---
「この病気になったら離婚率は90%です」

 妻の主治医に離婚しようと考えていることを伝えた直後、カウンターパンチのような言葉が僕の心に打ち付けられた。

 鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしている君。

 一拍の呼吸。

 その様子を見て、医師は続けて静かに口を開いた。

「…ご主人さんの気持ちもわかります。でも、あと十年も経てば奥さんもだいぶ良くなりますから…
  逆に十年経って良くなった時、ご主人さんもいない、子供たちもいないとなったら、奥さんはその時、本当にダメになってしまいますよ」

 『ダメになってしまう』

 その言葉が自死を示しているのは明らかだった。

 しばし呆然とした後、君の頭の中にある言葉が浮かび上がった。

…病める時も、
 健やかなる時も、
 貧しい時も、
 富める時も、
 汝、

 これを癒し、
 慈しみ、
 愛し続ける事を誓いますか?

 …別にキリスト教じゃないけれども、神様に約束したなぁ…

 自分が病気になったらきっと、彼女も一所懸命面倒見てくれただろうなぁ…

 そう思った途端、涙が出た。

 妻は精神病。
 『境界性人格障害』というらしい。

 暴力を振るい、暴言を放ち、夜遊びをして、子供たちを睨む。

 少しずつ汚れていく我が家。

 夜中まで怒られている三歳と一歳の子供たち。

 こっちがおかしくなってしまうと感じていた。

 しかしその時から君は一生彼女と一緒にいることを決めた。

 それが二十七歳の時だ。

 

続き

<発症>①